決議・声明
生活保護法改正案の廃案を求める会長声明
第1 趣旨
当会は、本国会で審議中の生活保護法の一部を改正する法律案(以下「新改正案」という)の廃案を強く求める。
第2 理由
1 新改正案の国会提出に至る経緯
政府は、平成25年度の通常国会において、生活保護法の一部を改正する法律案(以下「旧改正案」という)の成立を目指していたが、最終的に、平成25年6月26日、参議院で廃案となった。
しかし、田村憲久厚生労働大臣は、次の臨時国会に再提出する意向を示し、平成25年10月15日、政府は、旧改正案を一部修正した「新改正案」を閣議決定した。同年11月5日現在、参議院で審議中である。
2 新改正案における二つの重大な問題
新改正案でも、ⅰ行政窓口における書面申請主義という水際作戦及びⅱ扶養義務者に対する事前通知の義務づけの法定化が予定されている。
(1)実質的書面申請主義
すなわち、新改正案24条1項は、保護の開始を申請する者は、「厚生労働省で定める事項」を記載した申請書を提出しなければならないとし、同条2項は、申請書には保護の要否判定に必要な「厚生労働省で定める書類を添付しなければならない」とし、ただし、1項2項とも「特別の事情があるときはこの限りでない」としている。
この点、現行生活保護法24条1項は、保護申請を要式行為とせず、かつ、保護の要否決定に必要な書類の添付を申請の要件としていない。また、口頭による保護申請も認められるとするのが確立した裁判例である(大阪高裁平成13年10月19日判決等)。
しかしながら、新改正案では、原則として申請書及び保護の要否、種類、程度等を決定するための書類の添付が必要とされている(新改正案24条1項、2項)。これにより、申請書の不備等を理由として申請の拒絶が可能となり、これまでも問題となっていた違法な水際作戦を合法化しようとしている。
この場合、ホームレス状態の人やDV被害者など、必要な書類を用意できない人々は、申請を拒否されてしまうおそれがある。また、心身に障害があり、書類の準備に時間がかかる人々は、必要な時期に適切な保護を受けられなくなるおそれがある。
この点について、新改正案でも「特別な事情」がある場合は申請書の提出や書類を免除されるが、「特別な事情」を行政側で判断するので、恣意的な判断により、申請書などの不備を理由とした申請拒否が生じる可能性は否定できない。
(2)扶養義務者に対する事前通知
また、新改正案24条8項は、保護の実施機関に対し、保護開始の決定をしようとするときは、扶養義務者が義務を履行していない場合は、扶養義務者に対して、原則として厚生労働省令で定める事項を通知することを義務づけている。さらに、同案28条では、保護実施機関が扶養義務者に対し保護の決定等にあたって報告を求めることができる等、実施機関の調査権限を拡大している。
現行の生活保護法では、扶養義務者への通知は法定のものではなかったが、それでも保護申請を行う際に、扶養義務者への通知により親族との間にあつれきが生じるのを恐れて申請を断念する場合も多かった。もし、扶養義務者への通知が義務化されれば、よりいっそう保護申請に萎縮効果が生じることは明らかである。
3 不正受給は改正の理由にならないこと
また、新改正案は、「不正受給」防止を立法趣旨の一つとするが、不正受給の割合は、金額ベースで0.4%弱で推移しており、近年目立って増加している事実はなく、新改正案はその前提となる立法事実を欠いており、実際には保護費の削減を意図するものであることは明らかである。
4 生活保護費の捕捉率は、2~3割であること
そもそも日本の生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は2割ないし3割程度と推定され、残りの7割ないし8割の人々は、所得が生活保護基準以下であるにもかかわらず生活保護を受給しておらず、最後のセーフティネットとしての機能をわずかしか果たしていない。かかる現状の下で、新改正案が施行されれば、生活苦による自殺・犯罪など様々な症状が増加することが強く懸念される。
5 結語
以上のとおり、新改正案は、書面申請主義による水際作戦、扶養義務者への告知による萎縮的効果を合法化するものであり、憲法25条によって保障された生存権を侵害するものといえる。
以上の理由から、当会は、新改正案の廃案を強く求める。
以上
2013年(平成25年)11月14日
鹿児島県弁護士会
会長 柿内 弘一郎