決議・声明
「菊池事件」について検察官による再審請求を求める会長声明
2012(平成24)年11月7日,ハンセン病元患者3団体は,検事総長に対して,検察官自らがいわゆる「菊池事件」について再審請求をするよう求める要請書を,熊本地方検察庁に提出した。
同事件は,ハンセン病患者とされた藤本松夫氏が,自分の病気を熊本県衛生課に通報した村役場職員を逆恨みして殺害したなどとして,1953(昭和28)年8月29日に死刑判決を受け,1962(昭和37)年9月14日に死刑が執行された事件である。
同事件における逮捕段階から死刑の執行に至るまでの各手続は,ハンセン病に対する無理解,偏見,差別のもと,一貫して藤本氏の人権を無視した形で進められた。
藤本氏は通常の裁判所での審理を受けることは許されなかった。藤本氏は,「らい予防法」により一般社会とは隔離された国立療養所菊池恵楓園,あるいは,ハンセン病患者のみの受刑者が収容される菊池医療刑務支所に仮設された「特別法廷」において審理をうけることを余儀なくされた。そして,この「特別法廷」では,菊池恵楓園の入所者以外は自由に立ち入ることができない状況のもと事実上非公開で訴訟手続が行われた。
しかも,この「特別法廷」内においては,当時既にハンセン病は完治可能な病であると国際的にも認知されていたにもかかわらず,裁判官,検察官及び弁護人のいずれもが予防衣と呼ばれる白衣を着用し,記録や証拠物等に対して手袋をした上で箸を用いて取り扱うなど,ハンセン病に対する無理解,差別,偏見に満ちた取り扱いがなされた。
加えて,藤本氏は公訴事実を一貫して否認しているにもかかわらず,第一審の弁護人は,罪状認否において「現段階では別段申し上げることはない」として争わず,また,検察官提出証拠に全て同意をするなど,実質的に弁護人不在ともいうべき審理がなされた。
また,逮捕においては兇器を携帯しないのに銃で腕を射抜き,再審請求にあたっては棄却した翌日即時抗告の機会を与えることなく死刑を執行した。
同事件のこれらの手続の進め方が,不利益供述を強要されない権利(刑事訴訟法198条,憲法38条),公平な裁判を受ける権利(憲法37条),適正手続の保障(憲法31条),弁護人による弁護を受ける権利(憲法34条)並びに裁判の公開(憲法82条)などの日本国憲法の諸規定に違反することは明らかである。同事件は本来人権を守るべき裁判官,検察官及び弁護人という法曹三者が,ハンセン病に対する無理解,差別,偏見により,自ら取り返しがつかない人権侵害を犯し,個人としての尊厳(憲法13条)を踏みにじったものに他ならない。
また,同事件は事実認定の面でも多くの問題点があることが指摘されており,同事件については司法の場において真相解明に向けられた活動がなされる必要がある。
確定判決が憲法条項に違反していれば,その判決は正されなければならない。また,有罪認定に合理的な疑いが残るのであれば,これも是正されなければならない。これらは,いずれも国家の責務であり,当会は,再審請求者の第1順位に検察官を挙げる刑事訴訟法439条1項からして,公益の代表者である検察官が再審請求するよう強く求める。
2013(平成25)年 6月28日
鹿児島県弁護士会 会長 柿内 弘一郎