決議・声明
再審法の速やかな改正を求める総会決議
1 えん罪は、絶対に起こってはならない国家による最大の人権侵害である。
しかし刑事裁判も人の営みであるが故、誤りが生じることは避けられない。
日本国憲法は、刑事手続における基本的人権の保障と公正な裁判を実現すべく詳細な規定を置き、憲法第39条は二重の危険を禁止した。同条により不利益再審は禁止され、再審は明確にえん罪被害者の救済の制度と位置付けられた。
しかし、刑事訴訟法における再審手続に関する規定は、旧刑事訴訟法からその内容を引き継いだ19か条しかなく(刑事訴訟法第435条ないし第453条)、えん罪被害者救済の最終手段であるにもかかわらず、不十分な内容のまま、1949(昭和24)年に現行刑事訴訟法が施行されて以来70年以上にわたり、一度の法改正もされず今日に至っている。
2 殊に、再審請求手続における審理の在り方については、刑事訴訟法第445条において、事実の取調べを受命裁判官又は受託裁判官によって行うことができる旨が定められているだけで、裁判所の広範な裁量に委ねられている。
そのため、再審請求事件の審理の進め方は裁判所によって区々であり、えん罪被害者の救済に向けて能動的かつ積極的に活動する裁判所がある一方で、何らの事実取調べも証拠開示に向けた訴訟指揮もせず、それどころか進行協議期日すら設定せず放置し、事前の予告もないまま再審請求棄却決定を再審請求人や弁護人に送達する裁判所もある。
このように、いわゆる「再審格差」と呼ばれるような裁判所ごとの格差が目に見える形で現れるようになり、制度及び規定の不備が看過できない状態に至っていることが、より一層明らかとなっている。
えん罪救済の最終手段である再審という重要な制度において、審理の方法が各裁判体の裁量に委ねられている状況が、再審請求人の権利保障において数々の深刻な問題を生じさせているのであり、再審請求手続における諸手続規定の早急な整備が今、求められている。
3 上記のように、裁判所によって審理の在り方が区々である現状で、とりわけ大きな問題となっているのが、再審における証拠開示である。
例えば、近年、再審において無罪判決が確定した布川事件、東京電力女性社員殺害事件、東住吉事件及び松橋事件では、通常審段階から存在していた証拠が再審請求手続又はその準備段階において開示され、それが確定判決の有罪認定を動揺させる大きな原動力となった。また、係属中の事件ではあるが、袴田事件、日野町事件、福井女子中学生殺人事件、大崎事件でも、再審請求手続における証拠開示が、(一部、取り消されたものがあるとはいえ)再審開始決定に大きく寄与している。
このように、えん罪被害者の救済という再審の理念を実現するためには、通常審段階において公判に提出されなかった裁判所不提出記録を再審請求人に利用させること(再審における証拠開示)が極めて重要である。
ところが、現行刑事訴訟法は、証拠開示の基準や手続の規定がなく、全てが裁判所の裁量に委ねられていることから、裁判所の積極的な訴訟指揮によって重要かつ大量の証拠開示が実現した事件がある一方、訴訟指揮権の行使に極めて消極的な態度を取る裁判所もあるなど、裁判所によって大きな格差が生じているのである。
当会管内で起きた大崎事件は、まさにそのような「再審格差」に影響を受けている事件である。
大崎事件第2次再審請求審において、鹿児島地裁は弁護人の再三の要請に応じず、証拠開示も証人尋問もなされないまま、再審請求が棄却された。ところが第2次即時抗告審では福岡高裁宮崎支部の訴訟指揮により、第2審であったにもかかわらず初めて鑑定人尋問等が行われ、また裁判所の勧告により213点もの証拠が新たに開示されたのである。同即時抗告審の結論自体は即時抗告棄却ではあったが、開示された証拠が共犯者の自白の信用性を弾劾する結果に結びつくなどした。この第2次即時抗告審で開示された証拠が、次の第3次再審請求審における地裁、高裁の再審開始決定に寄与していることは明らかで、やはり「再審における証拠開示」が再審開始決定を導く原動力になったといえる一つの明確な事例となっているのである。
もとより、救われるべき事件が「ある裁判所では救われて他の裁判所では救われない」などという事態は、本来あってはならず、およそ救済制度としての合理性・公平性を欠いていることは明らかである。
再審における証拠開示については、全ての裁判所において統一的な運用が図られるよう、その法制化が急務なのである。
4 さらに、再審開始決定に対する検察官の不服申立ても看過できない重大な問題である。
再審開始決定に対する検察官の不服申立てが、えん罪被害者の速やかな救済を阻害するという問題については、かねてより指摘されてきた。
近年でも、再審開始を認める即時抗告審の決定に対して、検察官が最高裁判所に特別抗告を行っている。その結果、特別抗告審の判断がなされるまで再審開始決定が確定せず、えん罪被害者の救済が長期化している。
まさに大崎事件においては、下級審において3度の再審開始決定がなされたが、検察官の不服申立てによって、いまだ救済は実現されていない。
複数の裁判体によって、有罪判決に合理的な疑いが生じたと判断して再審開始決定がなされても、検察官は不服申立てを行い、上級裁判所に再審開始決定の取消しを求めるという事態が繰り返されてきたのである。
検察官が再審開始決定について不服があるのであれば、再審公判で有罪性を争えばよく、その前段階としての再審請求審で不服申立てを認める必要性は乏しい。検察官の上訴は制度の必須の要素では全くないのであって、現に現行再審法の原型となったドイツ刑事訴訟法においては、1964(昭和39)年の法改正により、再審開始決定に対する検察官上訴は明文で禁止されている。
仮に検察官の上訴が禁止されていれば、大崎事件の再審請求人である原口アヤ子氏は、最初の再審開始決定を受けた2002(平成14)年には、再審公判に臨んでいたはずであり、その弊害は顕著である。
他にも、袴田事件では、第2次再審請求における再審開始決定(2014(平成26)年3月27日静岡地裁決定)に対して検察官が上訴した結果、先日、差戻後即時抗告審で再び再審開始の決定がなされ(2023(令和5)年3月13日東京高裁決定)、それが確定するまで9年にもわたり再審開始が阻まれてきたのである。
このように、近年の再審開始決定に対する検察官の不服申立てによって、今まで以上にえん罪被害者の早期救済が妨げられる事案が発生しており、これを速やかに是正する必要性が高い。
5 再審請求手続は長期化する傾向にあることから、救済が遅延し、えん罪被害者本人や再審請求人であるえん罪被害者の親族の高齢化が進んでいる事件は多い。
大崎事件の再審請求人である原口アヤ子氏は、第3次再審請求が最高裁判所で取り消された現在、第4次再審請求を行っているが、既に95歳となっている。検察官の不服申立てが禁止されていれば、19年前に再審公判が開かれていたはずである。
袴田事件の袴田巌氏は、1981(昭和56)年4月20日に第1次再審請求を行い、上記の再審開始決定確定まで実に42年がかかっている。袴田巌氏は現在87歳、その姉袴田秀子氏も現在90歳となっている。
このように、えん罪被害者を救済するまでには、気が遠くなるほど長い時間が経過しているのが実情であり、えん罪被害者本人やその親族も相当の高齢となっている。えん罪被害者の救済のためには、もはや一刻の猶予もなく、速やかに再審法の改正が行われる必要がある。
6 そこで、当会は、適正な刑事手続の保障とえん罪被害者の速やかな救済のため、国に対し、刑事訴訟法の再審法について、早急に以下の内容の法改正を行うよう求める。
1)再審請求手続における全面的な証拠開示手続の制度化
2)再審開始決定に対する検察官による不服申立ての禁止
3)えん罪救済を実効化するための再審請求手続における諸手続規定の整備
2023年(令和5年)5月27日
鹿児島県弁護士会
会長 湯ノ口 穰