決議・声明
「袴田事件」再審開始維持決定に対する会長声明
2023年3月13日、東京高等裁判所第2刑事部(大善文男裁判長)は、袴田事件の第二次再審請求事件差戻抗告審において、静岡地方裁判所の再審開始決定を支持し、検察官の即時抗告を棄却する決定をした。
本件は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務方で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入・強盗殺人・放火事件であり、袴田巌氏が逮捕・起訴され、1980年(昭和55年)に死刑判決が確定している。袴田氏は、当初より無実を訴えており、現在、第二次再審請求を行っている。第二次再審請求においては、2014年(平成26年)3月27日に静岡地方裁判所は、再審を開始するとともに、死刑及び拘置の執行を停止する決定を行い、袴田氏は釈放された。しかし、検察官は、この決定に対して即時抗告を行い、2018年(平成30年)6月11日、東京高等裁判所は再審開始決定を取り消し、再審請求を棄却した。
これに対する袴田氏の特別抗告に対して、2020年(令和2年)12月22日、最高裁判所は、確定審において袴田氏の犯人性を根拠づけるとされた5点の衣類の色に関するみそ漬け実験報告書や専門家意見書の信用性を否定した東京高等裁判所の決定について、その推論過程に疑問があることや、専門的知見に基づかずに否定的評価をしたことについて審理不尽の違法があると判断し、全員一致で決定を取り消して、5点の衣類に付着した血液の色調が、1年以上みそ漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差し挟むか否かについて判断させるために東京高等裁判所に差し戻す旨の決定を行った(決定においては、最高裁判所自ら検察官の即時抗告を棄却し、再審開始決定を行うべきとする旨の反対意見も付されている)。
この最高裁判所の決定に従って、東京高等裁判所第2刑事部において、差し戻し後の即時抗告審の審理が行われていた。本決定は5点の衣類が1年あまりの期間みそに漬け込まれていた場合、血痕に赤みが残るとは考え難く、5点の衣類が犯行着衣であること、ひいては、袴田氏が本件の犯人であることに合理的な疑いが生じたとして、静岡地方裁判所が行った再審開始決定を是認した。つまり、袴田氏を犯人とするために「作られた」可能性のある証拠に基づき裁判が行われてきたのであって、そうであるとすれば、人道に悖る行為と言っても過言ではない。あわせて、仮に袴田氏に死刑が執行されていれば、取り返しのつかない事態になっていたことも論をまたない。
袴田氏は、現在87歳と高齢であり、しかも長期間にわたり死刑囚として身体を拘束されたことにより、心身を病むに至っており、一刻も早いえん罪被害からの救済が必須である。
当会においても、事件後43年を経てなお、無実を叫び続け、証拠開示の不備と検察官抗告という再審制度の不備に翻弄されながら再審請求を続けている原口アヤ子氏(大崎事件)の雪冤に、会を挙げて取り組んでいるところである。
したがって、当会は、検察官に対して、本決定に従い最高裁に特別抗告を行うことなく、速やかに再審公判に移行するよう強く求める。また、当会はこれからも袴田巌氏が無罪となるための支援を続けるとともに、再審請求事件における全面的証拠開示、検察官の抗告禁止を始めとする再審法改正、本件のような死刑求刑案件における特別の手続保障(いわゆる「スーパー・デュープロセス」)のための法改正など、えん罪を防止するための制度改革の実現を目指して全力を尽くす決意である。
2023年(令和5年)3月14日
鹿児島県弁護士会
会 長 神川 洋一