決議・声明
発達障害のある被告人による殺人事件判決に関する会長声明
2012年(平成24年)7月30日,大阪地方裁判所は,発達障害を有する男性が実姉を刺殺した殺人事件において,検察官の求刑(懲役16年)を上回る懲役20年の判決を言い渡した。
本判決は,本件犯行について,犯行動機の形成過程について,「被告人にアスペルガー症候群という精神障害が認められることが影響している」と認定し,かつ被告人が未だ十分な反省を加えていないことについても同症候群の影響があり「通常人と同様の倫理的非難を加えることはできない」と認定しながら,「いかに精神障害の影響があるとはいえ,十分な反省のないまま被告人が社会に復帰すれば(中略)被告人が本件と同様の犯行に及ぶことが心配されること」及び「社会内で被告人のアスペルガー症候群という精神障害に対応できる受け皿が何ら用意されていないし,その見込みもない」ことを理由として,「被告人に対しては,許される限り長期間刑務所に収容することで内省を深めさせる必要があり,そうすることが,社会秩序の維持にも資する」として,有期懲役刑の上限にあたる上記の量刑を行った。
しかし,本判決には以下のとおり重大な問題点がある。
まず第1に,本判決は犯行動機の形成過程及び犯行後の情状に精神障害の影響を認めながら,これを被告人に不利な情状として扱い,重い刑罰を科している点において,行為者に対する責任非難を刑罰の根拠とする責任主義という刑法の大原則に反している。そもそも被告人が障害を有していることは個人の責任ではなく,その支援と困難の解消に努めることは社会全体の責務である。社会防衛のために許される限り長期間刑務所に収容すべきとする本判決の考え方はその責務を放棄しているばかりか,障害者を社会から隔離すべきとする発想である。
さらに,刑事施設における発達障害に対する治療・改善体制や矯正プログラムの不十分な実態からすれば,長期収容によって発達障害が改善されることは期待できない。本判決はこの点の検討も行っていない。
第2に,本判決は,発達障害であるアスペルガー症候群について十分な医学的検討を加えることなく上記の量刑を行っている。発達障害者はその障害ゆえに,社会における多くの困難に直面することがあるとしても,それが犯罪などの問題行動と直結するわけではない。にもかかわらず,障害に無理解なまま安易に「再犯のおそれ」を認定し,重い刑罰を科することは,発達障害を持つ人に対する差別と偏見を助長するものである。
発達障害に対する受け皿についても,2005年(平成17年)に施行された発達障害者支援法に基づき,全ての都道府県に発達障害者支援センターや地域生活定着支援センターが設置され,発達障害のある受刑者の社会復帰のための支援策が講じられようとしている。本判決はこれらの現状を看過し「受け皿が何ら用意されていないし,その見込みもない」と断じており,極めて遺憾である。
当会は,本判決が発達障害者支援法の趣旨に反するとともに,発達障害者に対する偏見を助長し,発達障害者に対するあるべき支援を阻害しかねないものであることに重大な懸念を表明するとともに,被告人が発達障害を有する場合の裁判員裁判において,鑑定手続等により量刑判断に必要な医学的・社会手福祉的情報が提供され,市民裁判員を含む裁判体において障害に対する十分な理解を得られる機会の保障のもとに量刑評議が行われるよう求めるものである。
2012年(平成24年)10月16日
鹿児島県弁護士会
会長 新納 幸辰