決議・声明
福岡高等裁判所宮崎支部の無罪判決を受け,適正な捜査の徹底を求める会長声明
平成28年3月7日
鹿児島県弁護士会会長 大脇 通孝
1 平成28年1月12日,福岡高等裁判所宮崎支部は,鹿児島地方裁判所が平成26年2月24日に「被告人を懲役4年に処する。」とした強姦被告事件について,原判決を破棄し,被告人の無罪を宣告し,同判決は,検察官が上告せずに確定した。控訴審判決は,以下のとおり,鹿児島県警察科学捜査研究所技術職員(以下,「科捜研職員」という。)や控訴審における検察官の不適正な行為について厳しく指摘した。
2 原判決は,科捜研職員の鑑定結果等に基づき,被害者の膣液から精液が検出されたものの,抽出されたDNAが微量であったため,PCR増幅ができず,DNA型鑑定には至らなかったと認定し,「資料採取から鑑定に係る全過程において,資料の汚染等鑑定結果の信用性に疑いを差し挟む事実は見当たらない」などと判示した。
ところが,控訴審判決は,科捜研職員の鑑定結果について,同職員が,抽出後定量に使用したDNA溶液の残部について全て廃棄したことや,鑑定経過を記載したメモ紙をも廃棄したことを指摘した上,控訴審における鑑定において,膣液から精子由来のDNA型が検出されたこと等からすれば,科捜研職員の鑑定においても,実際にはDNA型が検出されていたにもかかわらず,被告人のDNA型と整合しなかったことから,「捜査官の意向を受けて,PCR増幅ができなかったと報告した可能性すら否定する材料がない」とまで判示し,科捜研職員の鑑定結果自体の信用性に疑義があると判示した。
そもそも,平成22年10月21日付の警察庁の通達(「DNA型鑑定の運用に関する指針」)では,「鑑定書その他鑑定結果又はその経過等が記録されている書類」について「将来の公判等に備え適切に保管しなければならない」と定めているのであるから,科捜研職員が鑑定経過を記載したメモ紙を廃棄したことは,不適正であると言うほかなく,DNA型鑑定に対する信頼を著しく損なわせる行為であると言うべきである。控訴審判決が,科捜研職員の鑑定結果自体の信用性に疑義を呈したことは,極めて正当である。
3 さらに,控訴審における検察官は,控訴審でDNA型再鑑定がなされている最中に,裁判所にも弁護人にも予め鑑定事項について協議を求めることなく,独自で嘱託による鑑定を実施し,その結果を得て初めて鑑定書等の取調べ請求を行った。
このことについて,控訴審判決は,「検察官は,領置していた資料につき,一定量の資料消費が不可避でありかつ全く必要性も緊急性もない……鑑定を嘱託したことで・・・本件において決定的な重要性を有する非代替的な資料を,本件の事案解明との関係では全く無意味に,一部滅失毀損させたものといわざるを得ない。」とし,「このような検察官の措置は,著しく不適切である」とした。加えて,控訴審判決は,「検察官が公益の代表者として重要な資料を領置していることを奇貨として,秘密裏に,希少かつ非代替的な重要資料の費消を伴う鑑定を嘱託したもので,その結果が検察官に有利な方向に働く場合に限って証拠請求を行う意図があったことすらうかがわれるのであって,……訴訟法上の信義則及び当事者対等主義の理念に違背し,これをそのまま採用することは,裁判の公正を疑わせかねないものである」と異例の指摘を行った。
そもそも,捜査機関が法律に基づいて公費で収集したすべての証拠は,公正な刑事裁判を実現するための公共の財産というべきであり,これを検察官が恣意的に取り扱って資料を毀損したことは,断じて許すことはできず,控訴審が,検察官の不適切な行為について厳しく指摘したことは,極めて正当である。
4 当会は,今回の無罪判決を受け,捜査機関に対して,適正な捜査の徹底を強く要請する。これは,志布志事件以来,二度とえん罪事件を起こしてはならないとして,当会が繰り返し求めてきていることでもある。
特に,今回の無罪判決により,鹿児島県警察は,DNA型鑑定という非常に重要な捜査において,不適正な捜査を行っていたことが判明したのであるが,当会は,鹿児島県警察に対し,上記判決の警鐘を真摯に受け止め,捜査の全過程を検証するとともに,DNA型鑑定においては,資料の収集・保存・鑑定手順を可視化するなどの方法により,二度と不適正な捜査がなされることのないよう防止策を講じることを強く求めるものである。
さらに,当会は,検察官に対し,公判係属中にDNA資料という代替性のない重要な証拠を,裁判所にも弁護人にも断りなく毀損したことを強く非難するとともに,控訴審判決が指摘するとおり,「訴訟法上の信義則及び当事者対等主義の理念」を重んじ,証拠を恣意的に利用するなど,「公益の代表者」に対する信頼に悖る行為に及ぶような事態が二度と起こらないよう強く要請する。
以上