決議・声明

教育基本法の改正に反対する会長声明

2006.09.26

教育基本法に関しては、平成18年の第164回通常国会に、政府が教育基本法「改正」案(以下「改正案」という)を、民主党は日本国教育基本法案(以下「民主党案」という)を、それぞれ提出されたが、国会閉会により継続審議となった。そして、秋の臨時国会において政府は、教育基本法の「改正」に最優先で取り組むことを明らかにしている。
しかしながら、鹿児島県弁護士会は、以下の理由により両法案に反対するものである。

1 教育基本法「改正」の立法事実がないこと

現行教育基本法(以下「現行法」という)は、前文で、「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な国家を建設して、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきものである。」と謳っているように、日本国憲法の理想を実現するための法律であり、かつ憲法が保障する教育にかかわる基本的人権を実現するために定められた教育法規の根本法である。
ところで、教育基本法「改正」の必要性について文部科学省は、子どものモラルの低下、学ぶ意欲の低下、家庭や地域の教育力の低下等の問題があることをあげている(文部科学省「教育基本法案について」平成18年5月説明資料)。
また、民主党案では、「人生のスタート段階における格差問題、いじめや不登校、学力低下の問題、さらには昨今、小中学生をめぐる悲惨な事件」を「教育現場の問題」と位置づけた上で、同じく教育基本法を改める必要があるとする(民主党提出の「日本国教育基本法案」の趣旨説明)。
しかしながら、ここで指摘されている問題点が生じた原因と現行法との関係は全く示されていない上、これら問題点は、現行法を「改正」等しなければ解決できなものであるのか、現行法を「改正」することにより解決できるものであるのか、何ら説明されていない。
法律を改正しあるいは制定するに当たっては、その必要性が事実により裏付けられることが必要である(いわゆる「立法事実」論)が、政府や民主党からはこれが何ら示されていないのである。
むしろ、改正案等で指摘される問題点は、たとえば経済的格差の拡大により実質的な教育の機会均等(現行法3条)が実現しないことや、高度に競争主義的な教育制度が改善されず個人の価値の尊重(現行法第1条)がともすればおざなりにされてきた実態があることなど、現行法の理念が十分に実現されてこなかったことに原因がある。国際連合子どもの権利委員会は、1998年に、日本政府の報告書に対して「児童が,高度に競争的な教育制度のストレス及びその結果として余暇,運動,休息の時間が欠如していることにより,発達障害にさらされている」と指摘して,適切な措置をとることを勧告し,2004年には,この勧告について,「十分なフォローアップが行われなかった」と再度指摘していることも、これを裏付けるものである。
これら子どもを取り巻く状況の改善は、現行法の理念を実現することによってよりよく行われるといえるのであって、これを改正しなければならない必要性は全く認められない。

2 内容的に問題を有していること

(1)両法案は、教育の自由を大きく後退させる。
現行法は、10条1項において「教育は,不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接責任を負って行われるべきものである。」と規定し、これを受けて同条2項において、教育行政の役割を、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立に限定している。この規定は、戦前に教育に対する不当かつ過度の国家統制が行われたことに対する反省の上に、教育の自主性を尊重し、教育に対する権力機構による不当な介入を抑止することを目的としている。権力機構が教育に不当に介入を抑止する必要性と重要性は、今日においても全く失われていない。
しかるに、両法案は現行法10条2項を削除し、政府において「教育振興基本計画」を定めるものとしている上、改正案では、教育は「法律の定めるところにより行われるべきもの」とされている(16条)。
これらの規定は、教育に対する権力機構による不当な介入につながる危険性を多くはらんでいるといわざるを得ない。

(2)両法案は、「思想及び良心の自由」(憲法19条)を侵害するおそれ が強い。
改正案では「わが国と郷土を愛する態度を養う」とし、民主党案では「日本を愛する心を涵養する」として、教育の目的の一つとして、いわゆる愛国心を養うことを規定したのを始めとし、伝統・文化の尊重、道徳心、公共心など内心や価値観に関わる事柄についての種々の規定を設けている。
しかしながら、これらを法律で定めることは、憲法19条や子どもの権利条約14条によって保証されている思想・良心の自由を侵害する事態を招くおそれがきわめて強い。
この危惧が決して机上のものでないことは、国旗国歌法の審議過程において、国旗国歌に対する忠誠を強要するものではないとの説明がなされたにもかかわらず、その後国旗に向かって起立し、国歌を斉唱することを、各地の教育委員会が強制するという動きにつながっていることからも明らかであろう。
このような事態に鑑みたとき、当該規定を設けることを認めることは、決してできない。

3 手続的にも問題を有していること

教育基本法は、教育の憲法として位置づけられるべききわめて重要な法律であるが、そのような重要な法律を改正するのであれば、各界各層の広範な意見をもとに、国民的な議論を経て慎重になされなければならない。
しかるに改正案は、2003年6月に発足した「与党教育基本法改正に関する協議会」での議論の結果をまとめた「与党最終報告」に基づいているが、そこでの議論は全て非公開であり、密室審議であった。この間、教育基本法の改正の必要性があるのか、仮にあるとするならばどのような方向での改正が必要なのか、という点に関する国民的議論は全くなされてきていない。そのような状況において、今秋の臨時国会において法案の成立を目指すという政府自民党の姿勢は、拙速であるとの批判を免れることはできないというべきであり、手続的に重大な欠陥をはらんでいるといわざるを得ない。
なお、近時の報道によれば、民主党は、教育基本法改正の審議に十分な時間をかけるべきという立場であるとのことであるが、当会としても、本法の改正には、慎重かつ国民的な議論が必要であると考える。

4 まとめ

以上の通り、改正案民主党案のいずれも、内容的に、改正案については手続的にも、重大な問題があるというべきである。
よって、当会は、改正案及び民主党案に基づく教育基本法の「改正」に強く反対する。

2006(平成18)年9月26日
鹿児島県弁護士会 会長 川村重春

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